第7章:灯台
光の出所へ近づくにつれ、私たちの足音も慎重になった。破壊されたビルの間を進むうちに、ついにその光は明るい炎であることがわかった。古いガソリンスタンドの一角が、なんらかの理由で照らされていた。
「気をつけて。罠かもしれないから。」美咲の警告に頷き、私たちは身を隠しながら光に近づいた。炎が揺らぐ音と、それを囲む静けさが、不穏な対比をなしていた。
スタンドの周囲には、車が何台か放置され、その中の一台から炎が上がっていた。車内では、少なくとも一人が何かをもたげて動いている。私たちは息を殺し、その人物を観察した。
「あれ、見たことある?」美咲の声が低く震えていた。炎の光で照らされたその人物の顔は、遠くからでもはっきりと見えた。安部だ。彼は何かを探しているようだった。そして、私たちの存在にはまだ気づいていない。
私たちは二手に分かれた。美咲は遠回りをして背後から接近することにし、私は正面から注意を引く作戦を取った。もしものときのために、私たちは合図を決めた。危険が迫ったら、一方が携帯電話のライトを三回点滅させることにした。
スタンドに近づく私の心臓の鼓動は、耳を塞ぎたくなるほどだった。私が一歩一歩前に進むたび、床のガラス片が踏まれて軋む音が響いた。
「なにを探しているんだ、安部?」声をかけると、安部はびっくりして振り向いた。その目はまるで野生の獣のように鋭く、敵意に満ちていた。
「何をしに来た?」安部の手には、明らかに自衛用のとがった金属片が握られている。彼の瞳にはかつての旧友の面影は残っていない。災害が人の心にもたらした荒廃は、周囲の廃墟に匹敵する。
「情報を求めてるんだ。避難所がどこにあるか知ってるか?」僕の問いかけに彼は怪訝な表情を浮かべた。情報はこの新しい世界での通貨だ。人はそれを求めて争い、時には命を奪い合う。
安部は少し考え、金属片を持ったままで応えた。「知ってるが、タダで教えることはできない。何を払える?」
「食料と水、それに火を使わせてくれるなら。」僕は提案した。それがこの世界のルールだ。取引とは、お互いの持つものを公平に交換すること。しかし、美咲と目を合わせ、彼女がそっと首を振るのを見た。安部は信用できる相手ではない。そのことを、僕も美咲も理解していた。
「交渉はそこで終わりだ。食料と水をこちらに渡し、情報をもらおう。」僕は出来るだけ平静を保ちながら、安部の反応をうかがった。
安部は笑い、冷たい声で応じた。「良いだろう。しかし、こちらに来い。物資は先に見せろ。」彼の目は疑念を隠さない。どちらも裏切りを警戒している。これは交渉ではなく、緊張した対峙だ。
美咲の背後からのアプローチがうまくいけば、僕たちは彼を出し抜くことができる。しかし、彼女が何かの音を立ててしまうと、すべてが水の泡だ。息を呑んで彼女の動きを見守る。彼女は影から影へと移動し、安部に気づかれずにその背後へと回り込んだ。
安部は僕に気を取られていて、美咲の存在にまだ気づいていないようだった。僕は彼の注意をこちらに集中させ続けた。「食料は車の中だ。火をつける前に、情報を聞かせてもらおうか。」
「ええい、先に見せろ!」と安部が叫んだ瞬間、美咲がライトを点滅させた。それは合図だった。安部が振り返る間もなく、彼女は身を低くして安部の手から金属片を払いのけた。突然の出来事に驚いた安部は、一瞬反応が遅れる。
「今だ!」と叫びながら、僕は安部に飛びかかり、彼と地面に倒れ込んだ。争いは無秩序で、混沌としたものだ。廃墟の中で力と力がぶつかり合う。安部は強く、だが、僕たちの決意はもっと強い。僕たちはただ生き延びるために闘うのではなく、再び人間らしく生きるために闘っていた。
「お前はもう、友達じゃないんだな、安部。」
「この世界では、友達なんてものは生き残れない!」安部の怒りが、炎のように激しく燃え上がる。
闇の中での格闘は短く、しかし、決定的だった。美咲の機転と僕たちの連携により、安部を制圧することができた。息を切らしながら、僕たちは炎を囲んで座り込み、安部に向き直った。情報を手に入れるための新たな戦いが、これから始まる。