第4章:脱出路
ドアへの殴打音は今や鉄槌のように残酷で規則正しいリズムを刻んでいた。安部たちはいつ破壊するかわからない重厚な扉に全力を尽くしている。私たちの時間はもはや計測する余裕もないほどに少ない。
「こっちだ!」美咲が指さしたのは、古びた換気扇の格子だった。久保はそれを素早く外し、手でサインを送る。私はフラッシュドライブを最も内側のポケットにしまい込み、続いて換気口の闇に身を投じた。
空気が薄く、息苦しい。四足歩行で進む私たちの前には不透明な闇が広がり、後ろからは安部たちの怒号が追い風となって響く。換気管は狭く、複雑に入り組んでいたが、美咲の記憶は確かで、彼女は迷わず先を進む。
「左、次は右だ。あと少し…」美咲の囁き声が頼もしく、私たちは彼女の後をついていった。
突然、地鳴りのような音と共に換気扇が裏から叩かれる。安部たちだ。彼らが換気管をたどりつつある。スピードを上げなければ。
「急げ、もう時間がない!」久保が前を走る。その声は、何よりの危機感を煽る。
そして、ついに照明の差し込む出口が見えた。私たちは、無造作に放置されたガレキの山をかき分けながら出口にたどり着く。照明が漏れるその外は、震災で壊滅した市街地の一部だった。空は灰色で、ここにいること自体がまるで地獄にいるような錯覚を覚える。
「いいか、分かれ道だ。」久保が言った。彼の眼には憂いも見えるが、決意の光も宿っている。「安部たちに見つからないようにするには、ばらばらに動くしかない。」
美咲が僕の腕を掴んで揺さぶる。「でも、一緒にいなきゃ…」
「大丈夫だよ、美咲。」僕は彼女の肩を抱く。「僕たちはまた会える。データを安全に保つことが、今は最優先事項だ。」
久保は先に行く。私たちはそれぞれ異なる方向に向かって走り出す。背後で安部たちの叫び声が聞こえるが、もう彼らの声は遠くなる。
私は美咲と手を繋ぎながら、壊れたビルの影を縫うようにして走り抜ける。フラッシュドライブを守り抜くこと。それが私たちの使命であり、新たな世界の可能性を秘めた使命だった。
だが、僕たちの胸の中には、不安という名の影がちらつき始めていた。安部たちに追われること、そして、この荒廃した世界で生き延びることの大きな恐れ。
換気管を抜け、瓦礫の中を進んでいく中で、私たちは廃墟の都市に残された愛と希望、そして絶望の物語を紡ぎ始めた。