最後の花火: 世界の終末を迎える前夜、人々は最後の大きな花火大会を計画する

小説

もう何回目だろう。 祖父の古い工房で、この火薬と紙と竹の匂いに囲まれているのは。 私は生まれたときから、花火師の結城真一として、この町の空に色と光を描くことしか考えたことがない。 でも今夜、私は最後の花火を仕上げている。 そう、文字通り世界の終わりの花火だ。

私の手は機械のように動き、紙筒に火薬を詰め、それを確実に締める。 これはただの花火ではない。 これは、祖母が若いころに見た平和の象徴であり、僕たちがかつて知っていた世界への最後の別れの挨拶なのだ。

「真一、そろそろ休憩したらどう?」祖母の声が背後から聞こえる。 彼女はいつも僕の働きぶりを見守ってくれる。 僕は振り返って微笑んだ。

「大丈夫だよ、ばあちゃん。 もう少しだけ。

祖母は僕の頬を撫でながら、戦争の話を始める。 彼女が子供の頃、空には爆弾が落ちていた。 でも今、空は僕たちの作った花火で彩られる。 彼女の話はいつも、遠く離れた平和な世界の話のようだった。 今夜もその話を聞きながら、僕は彼女に約束する。 最後の花火は、彼女が見た最も美しい夜になると。

祖母が去った後、私は一息つき、工房の窓から外を見た。 空は星で満ちていたが、それらはまもなく見ることのできない星々だ。 隕石が来るという。 それは科学者たちが確信している事実で、否定の余地はない。

僕は、その事実に直面して、何を思うべきか分からなかった。 終末に対する恐怖? それとも、逃れられない運命への諦め? でも、一つだけはっきりしていた。 僕はこの町の人々に、彼らの人生の最後の夜に、何か美しいものを見せたい。 そして、彼女にも。

私が再び作業に取り掛かると、夜の静寂を破るように、工房のドアがノックされた。 薫だ。 彼女はいつも、どんな時でも美しさを失わない。 でも今夜、彼女の瞳には悲しみの影が濃く宿っていた。

「真一、手伝ってほしいことがあるの。 子どもたちに、最後の思い出を作ってあげたいなって。

私はうなずいた。 それが私たちの間の、言葉にできない約束だった。 かつて私たちが共有した夢を、これらの子供たちにも経験させてあげたい。 それができるのは私しかいない。 彼女の願いは私の使命だ。

その夜、私たちは計画を練った。 工房の古い机の上に広げた町の地図に、大会のための最適な場所をマークした。 薫はいつものように、子供たちの安全と楽しさを最優先に考えていた。

「ここなら、どの家からでも見えるわ。」薫の指が町の中心部の公園を指した。 その場所は、私たちが初めて手をつないだ場所だ。 何か運命的なものを感じずにはいられなかった。

「いいね。ばあちゃんも喜ぶよ。」 私は彼女の提案に心から賛成した。 祖母はいつも、花火は人々を一つにすると言っていた。 そして、それは今夜、私たちにとっても真実になる。

私たちが計画を練っている間に、時折、外からは子供たちの声が聞こえてきた。 彼らはこの事実をどれほど理解しているのだろうか。 彼らにとって、隕石の衝突はただの大人たちの話かもしれない。 でも、私たちは彼らに、最後まで希望を持たせたい。 希望がある限り、絶望には屈しない。 それが私の信じる真実だ。

「真一、ありがとう。本当に。」 薫の声が震えていた。

「いいんだよ、薫。これは僕たちのためだけじゃない。 この町全体のためだ。」 私の声も、なぜか震えていた。

私たちはその夜、遅くまで一緒に過ごした。 昔話に花を咲かせ、何度も笑いあった。 でも、笑いの合間には沈黙があり、その沈黙の中には、言葉では言い表せない多くの感情が渦巻いていた。

終末が近づくにつれ、町の雰囲気も変わってきた。 人々の笑顔の背後には不安があり、挨拶の中には急いでいる様子が見え隠れした。 私は、これが最後の挨拶になるかもしれないと思うと、いつもよりも強く握手を交わした。

そして、ついにその日が来た。 最後の花火大会の日。 準備は整い、火薬はセットされ、星空は私たちの舞台だった。 私たちの町は、もう一度、歴史の一部となる。 今夜、私たちは、終わりを祝福する。

町がまだ静まり返っている早朝、僕は目覚めた。 これが、最後の朝かもしれないという事実に、いくつかの感情が交差する。 不安、興奮、そして何よりも、静けさ。 今日、僕たちの花火が、この町の最後の記憶となる。

朝食を食べるためにキッチンに向かうと、ばあちゃんがすでにテーブルをセットしていた。 彼女の手作りの味噌汁の香りが、いつもと変わらず家を満たしている。 でも、今日はいつもよりも彼女の手が少し震えていた。

「大丈夫、ばあちゃん。今日は、みんなが一緒だから。」 僕は彼女にそう言って、手を握りしめた。 彼女は微笑み、僕の手を返した。

食事の後、僕は最後の準備のために作業場に戻った。 花火筒を一つ一つチェックし、点火システムが完璧に機能することを確かめた。 全てが計画通りに進む。 それが僕の仕事だ。

薫は子供たちを連れて、大会の会場を訪れることになっていた。 彼女は子供たちに、この日をどう過ごすかを一週間前から教えていた。 お祭りのような楽しい時間を過ごすと。 でも、私たち大人は、それがもっと意味のある時間だと知っている。

準備が整い、僕は家を出て、町の中心へと向かった。 道中、顔なじみの人々に会う。 町のパン屋、郵便配達員、学校の先生。 彼らもまた、この日が何を意味するかを知っている。 僕たちは言葉を交わさなくても、互いの目を見るだけで理解し合えた。 そして、ある種の静かな覚悟が、私たちの間に流れていた。

薫と子供たちの姿が見えた。 彼らは手をつなぎ、期待に胸を膨らませていた。 子供たちは笑っている。 彼らの無邪気な笑顔が、この日の不安を少しでも軽減してくれる。 薫は僕に向かって手を振り、僕も手を振り返した。 彼女の目は、僕たちの花火にかける彼女の希望を映していた。

「準備はいいかい?」市長が肩を叩きながら尋ねる。

「はい、準備は完璧です。」僕は答えた。

市長は深いため息をついて、空を見上げた。 「結城、お前の花火はいつも町を明るくしてくれた。今夜も、その伝統を続けてくれ。」

「ありがとうございます。それが僕の仕事ですから。」 僕は頷き、再び花火に目を落とした。

太陽が沈み始めると、僕は点火の準備に取り掛かった。 僕の周りには、最後の夜を祝うために集まった町の人々の期待に満ちた顔があった。 僕たちは皆、この瞬間を一緒に過ごすためにここにいる。 彼らのために、そして薫のために、僕は今夜、これまでにない最高の花火を打ち上げるつもりだ。

空には、まだ太陽がひとかけらの光を残している。 夜の帳がゆっくりと町を覆い始めた時、それは私たちのショーの開始を告げるサインだった。 私の手は、点火機のスイッチにかざされ、今まさに、最後の花火を空に放つ準備をしている。

祖母はいつものように、家のベランダから見守っていた。 彼女にとって、これはただの花火ではない。 それは過去へのオマージュであり、現在への祝福であり、そして未来への願いでもある。 彼女の世代が経験した困難と、私たちがこれから直面する挑戦の間に橋をかけるものだ。

「ばあちゃん、見ていてね。これは、あなたに捧げる花火だよ。」 私は心の中で囁いた。

そして、子供たちの歓声が聞こえてきた。 彼らはこの瞬間をただのお祭り騒ぎと捉えているかもしれないが、それでいい。 彼らには、この世界の最後の夜に、幼い記憶の中で最も美しい光景を持っていてほしい。

「真一、準備はいい?」薫が近づいてきた。 彼女はすでに涙を抑えているようだったが、強く振る舞っていた。

「ああ、準備は完璧だ。大丈夫、薫。 素晴らしいショーになるよ。」

彼女は微笑んで、私たちの過去の思い出に別れを告げるかのように、私の手を握りしめた。 私たちの指が解き放たれると、彼女は子供たちのもとへと戻っていった。 それぞれの顔には、期待と興奮が浮かんでいた。

私は最後の確認を行った。 全ての花火が正確に配置され、点火システムも問題ない。 風向きも完璧だ。 僕の視線は遠く空に向かい、もうすぐそこに現れる光の絨毯を想像した。 今夜、私たちは皆、同じ星空の下にいる。 遠い未来には到達できなくても、この瞬間は永遠に記憶に残る。

やがて、時が来た。 私は深呼吸をし、点火ボタンを押した。 最初の花火がふわりと上がり、次々と色とりどりの光が夜空を飾り始める。 歓声が上がり、歓喜の波が町を通り抜ける。 私は薫と子供たちの方を見た。 彼らの顔は、純粋な喜びで輝いている。 それはまるで、私たちの世界が永遠に続くかのような錯覚を覚える瞬間だった。

私たちの上には、今や隕石が迫っている。 しかし、その事実はこの瞬間、どこか遠くへと追いやられた。 今はただ、この光り輝く瞬間が全てだ。 私たちが共有する、最後の瞬間。

花火は次々に上がり、最高潮に達する。 それはまるで、天の川が逆流するかのような美しさで、町の全てを照らした。 そして、私は知っている。 これが、私たちの最後の花火だと。 この光が消えたら、もう新しいものは上がらない。

「ありがとう、祖父さん。」私は囁いた。 彼の教えがあったからこそ、今の私がある。

花火の最後の一つが空に昇り、大輪の華を咲かせる。 それは、言葉にならないほどの感動を生み出した。 そして、町の人々は一瞬、息をのんだ。 美しさが、一つの終焉を迎える中で、最も鮮やかに輝いた。

大会場の光と音が消え去った後、世界は静寂に包まれた。 花火の煙がゆっくりと消えるにつれ、星々がまた一つずつ現れ始めた。 僕は暗闇に立ち、最後に、花火が空に描いた壮大な絵を思い返していた。 隕石の到来を前にしても、私たちはこうして美を称え合うことができた。

僕は薫の隣に歩み寄り、彼女が涙を拭うのを見た。 彼女は僕の方を向いて微笑んだ。 言葉はいらない。 その笑顔がすべてを物語っていた。

「素晴らしかったわ、真一。 あなたの作った花火はいつも、最高よ。

「ありがとう、薫。 今夜は君のおかげで、特別なものになったんだ。

彼女は頷き、そっと私の手を取った。 私たちは言葉を交わさずに、夜の風に吹かれながら、最後の花火の余韻に浸った。

「ねえ、真一。」

「うん?」

「これが最後だとしても、今日のこの瞬間はずっと忘れないわ。子供たちの笑顔、町の人々の暖かさ、あなたの花火。 すべてが、こんなにも…」薫の声は震えて、言葉を失った。

「大丈夫だよ、薫。 今日は、すべてが完璧だった。

私たちがそこに立っていると、町の人々が一人また一人と帰路についた。 静かな別れの挨拶として、手を振りながら。 彼らの顔は、さっきまでの花火の明るさとは対照的に、夜の暗さに溶け込んでいく。 でも、その目には感謝の光が残っていた。

僕は祖母にもう一度会いに行った。 彼女はまだベランダで、夜空を見上げていた。 隕石の話をしているテレビの音が、遠くから聞こえている。

「どうだった、ばあちゃん。 花火は

彼女はゆっくりと振り返り、私の手を取った。 「美しかったわ。あなたのおじいさんも、きっと喜んでいるわ。」

僕たちの間の無言の会話が続いた。 彼女の目には涙が浮かんでいたが、それは悲しみではなく、美しいものを見た時の喜びの涙だった。 私は彼女の手を強く握りしめた。

「ありがとう、ばあちゃん。」

私たちはしばらくそこに立ち、二人で最後の星を数えた。 それは、まるで、世界の終わりに立ち会う前の、静かな儀式のようだった。 星々が、まるで私たちに話しかけているかのように輝いていた。 そして、遠くの星がひとつ、またひとつと消えていく中で、私たちは知っていた。 これが、本当に、最後の夜だと。

夜が深まり、町の人々の足音も遠のいていく。 私たちはみんな、最後の夜がどんなに長く感じられても、明日が来ることはないという予感を共有していた。 町はまるで、最後の息を静かに吐き出しているかのようだ。

「真一、今日は本当にありがとう。」薫が言った。 彼女の声は強がりを含みつつも、その裏にはほろ苦さが混じっている。

「何を言ってるんだ、薫。今夜は、僕たち全員のための夜だから。」

私たちは、公園のベンチに座り、星の光が徐々に薄れていくのを見守った。 隕石の接近が確実になるにつれ、世界中の人々がその運命を受け入れ始めている。 僕たちの小さな町も例外ではない。

「子供たちが、こんなに素敵な夜を過ごせるなんて、きっと一生の思い出になるわ。」薫の目が優しさでいっぱいだ。

私は頷き、僕の中にわき上がる感情を抑えきれずにいた。 僕たちが共有してきた花火の美しさ、その一瞬の輝きは、これから先も色あせることはないだろう。

突然、遠くの空に一筋の明るい光が現れた。 それは隕石の先駆け、最初の予兆だった。 町の人々は一斉に息を呑み、空を見上げた。 そこには、美しいだけではない、畏怖を感じさせる壮大な光景が広がっていた。

「こんなに美しい終わり方もあるんだね。」祖母がそっと言った。

その瞬間、私たちの周りでは時間が止まったようだった。 すべての恐れ、不安、そして疑問が消え去り、ただ静かな受容だけが残った。 僕たちは、隕石がもたらす終焉を前にしても、私たちの生が、ここにある限り、美しく、尊いものだと再認識した。

「ばあちゃん、薫、そしてみんな、これから起こることを恐れる必要はない。私たちは最高の最後を迎えようとしている。」

僕たちは手を取り合い、最後の光が消え去るまで、静かに待ち続けた。 そして、いつの間にか、隕石が地球の大気に突入するのを、ただ黙って見守ることにした。

星々が最後の輝きを放つ中で、僕たちはそれぞれの道を歩む覚悟を決めた。 終末の予告が、私たちの町を静かに、しかし確実に包んでいく。

そして、僕は思う。 たとえこの世界が明日を迎えなくても、今夜私たちが共有した瞬間は、誰にも奪うことのできない、永遠の光り輝く記憶となるだろう。 それは、真実の花火のように、私たちの心の中で、ずっと続いていく。

最後の花火が空に消えて、静寂が戻ってきた時、空は不思議な静けさで満たされていた。 それは、まるで時間が止まったかのような静けさだ。 祖母、薫、そして私たちの周りの人々は、その静けさの中で、互いの存在を確かめ合うように立ち尽くしていた。

隕石が見えない遠くの宇宙から、私たちの小さな町に向かって静かに、しかし確実に近づいている。 私たちはその運命を知りながらも、ここにいる。 生きている。 そして、生の全ての瞬間を祝福している。

「真一、終わりって、こんなに静かなの?」薫が小さな声で聞いた。 彼女の声は震えていたが、その中にはある種の平穏も混じっている。

「うん、静かなんだと思う。最後は、ね。」 私は言葉を選びながら答えた。

私たちは最後の瞬間を待ちわびた。 町のライトがひとつずつ消えていく中で、天の川が最後の美しい輝きを放つ。 静かな夜が、今まで私たちが経験したどの夜よりも明るく感じられた。

私たちの記憶の中に、これまでの日々がフラッシュバックする。 子供の頃の夏の日々、祖母の笑顔、薫の最初のキス。 全てが鮮やかに蘇ってきた。 あの日々はもう戻ってこないが、その記憶は永遠に色あせることはない。

「最後に何か言いたいことはあるかい?」祖母が優しく尋ねた。

「たくさんあるよ。でも、今はただ、ありがとう、と言いたい。」

僕たちは互いに手を握り、星がひとつ、またひとつと消えていくのを見守った。 遠くの空で、明るい光がひときわ強く輝き、それが私たちの終わりを告げる光だと知っていた。 でも怖くはなかった。 この町で過ごした時間、愛した人々との絆、それがあれば、もう何も怖くはない。

そして、光が強くなり、空全体を照らした。 それは、まるで昼間のようだった。 私たちは目を閉じ、光の中で一瞬を共有した。 静かに、そして穏やかに。

「これが、最後の花火だね。」私はつぶやいた。 そして、その光が私たちの世界を包み込む中で、私たちは最後の瞬間を迎えた。 美しく、そして、静かに。

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