田中幸雄は、毎夜のように近所の高架下を通りかかると、濃い霧の中に人影を見た。一度は霧が人の形をした錯覚かと思ったが、その影は毎回同じ場所に現れ、一定のパターンで動いているように見えた。
ある夜、好奇心が勝った幸雄は、その影に近づこうと決意した。彼は霧の中に足を踏み入れ、影が見える場所へと歩いていった。ところが、その影はどれほど近づいてもはっきりしない。不思議に思いつつも、彼はもう少しでその正体を突き止めるだろうと歩を進めた。
そうしてやっと影がはっきりとした形をとったとき、田中幸雄は凍りついた。霧の中に浮かび上がるのは、一体の首なし人形だった。その人形は、高架下で過去に行われたという忌まわしい儀式の遺物と言われていた。言い伝えによれば、首なし人形は、その場所で命を落とした人々の魂を成仏させるために作られたという。
幸雄がさらに観察を続けていると、突如、人形の首のない部分から血が滴り始めた。恐怖に駆られた彼は逃げ出そうとしたが、霧はあたり一面を包み、視界を遮った。慌てふためく中、幸雄の耳に、子供たちの笑い声が響いた。彼は振り返り、人形の周りで幼い子供たちの霊が踊っているのを見た。彼らはかつてこの場所で不慮の死を遂げた子供たちで、人形と共にこの世に縛り付けられていたのだ。
途方に暮れる田中幸雄だったが、彼は霊たちが望むものを理解し、地域の寺に協力を仰ぎ、霊たちのための供養を企画した。供養が終わり霧が晴れると、高架下の怪奇現象は消え、霊の子供たちもまた、安らかに旅立っていったという。
供養後のある晴れた日、田中幸雄は高架下を通ると、人形が静かに微笑んでいるように見えた。それからは、彼の心にも平和が訪れた。人形はやがて失われ、霧の中の影は語り草となり、新たな伝説へと変わっていくのであった。