真夜中の桜木荘は静かだった。夏の終わりの暑さが残る廊下を、私は緊張で汗ばんでいた。隠し扉の向こうの密室から、慎重に歩を進めると、そこには時間が止まったかのような部屋が広がっていた。
壁には子供の落書き、床にはぼろぼろのおもちゃ。そして、小さなベッドには幼い子供の形をした何かが横たわっていた。それは…布で覆われていたが、一見して人形かと見まごうほどリアルな作りだった。しかし、近づくにつれ、それがただの人形でないことに気づいた。
布をそっと取り除くと、そこには蝋でできた、まるで生きていたかのような子供の像があった。その表情は、恐怖よりも平和な眠りをしているかのようだった。
私は壁にかけられた新聞の切り抜きから目を逸らせなかった。そこには「家族四人火事で亡くなる、ただし長男の遺体は見つかっていない」と書かれていた。隣には、遺体を見つけることができなかった理由が書かれていた。それは一家の長男がすでに亡くなっていたという真実だった。親は彼の死を受け入れられず、彼の蝋像を作り、生きているかのように扱い、永遠にこの部屋に封印したのだ。
部屋の空気は重く、湿った匂いが立ち込めていた。しかし、その中で私は長男の声を聞いた気がした。「ありがとう、僕を見つけてくれて。」声は風のように優しく、そして消えた。
部屋から出ると、いつものように管理人の佐藤さんが掃除をしていた。彼の目は悲しみを隠し切れずにいた。言葉を交わさなくても、彼は私が何を見つけたのかを理解していた。それから、彼はゆっくりと口を開いた。「あの子は、もう安らかに眠れます。あなたが彼を解放したんです。」
部屋番号404の扉がない壁は、やがて元通りに塗り直された。しかし、桜木荘の住人たちは、あの部屋が一人の小さな命の休息場であったことを決して忘れないだろう。彼らは今も、深夜、壁の中から子供の遊ぶ声が聞こえると囁く。だが、今度はそれが恐怖の源ではなく、亡くなった少年の幸せな記憶となった。
そして、私もまた、もう恐れることはなかった。部屋番号404は、私の中で特別な場所となり、そして桜木荘での日々は、以前とは違う静けさで満たされたのだった。
終わり。